2026/10/18 20:40
ALPS BOOKSインタビュー企画「十山十色~人それぞれの山もよう~」。山に親しむ人の心身のコンディショニングをテーマにした書籍『ヨクキク山ヨガ』の出版に際し、山に深く関わる皆さまの貴重なお話をご紹介いたします。今回お話を伺うのは、プロアドベンチャーレーサーの田中陽希さんです。

2014年の「日本百名山ひと筆書き」を皮切りに、日本二百名山、三百名山、と自らの足とカヤックで日本中の山々をつないできた田中さんの次なる挑戦の舞台は台湾。「台湾百岳」と呼ばれる100座の山々を、人力でひと筆書きにつなぐ新たなチャレンジです。出発を約1か月後に控えた田中さんに、台湾百岳の知られざる世界や身体ケア、山を長く楽しむために大切なこと、ご家族のことなどを伺いました。
※写真提供:一般社団法人 人力チャレンジ応援部
不安と緊張。でも「始まったら対応するだけ」
――いよいよ台湾百岳ひと筆書きへの挑戦が近づいてきました。今の率直な気持ちはどうですか。
不安と緊張が高まってきている感じですね。いろいろ考えだすと想定されることがたくさんありすぎて、もう始まったら始まったで対応するだけだ、と気持ちを切り替えるしかないと思っています。家族との時間もあと一ヶ月かありませんので、今はそちらを大事にしたいなと思っています。
台湾百岳、最大の難所は「山と山の間」
――台湾百岳の中で、ここが今回のハイライトになるんじゃないか、という場所はありますか。
台湾百岳は、大きく北と南に山の集まりがあるんですね。北側には雪山山脈などがあって、そこに40数座。南側には玉山を中心にまた50座近くある。その二つの大きな山群の間にも、離れ小島のように百岳が点在しています。台湾の方たちは、東西からピンポイントで入って、登った道を戻ってくることが多いんです。でも僕の場合は北から南へひと筆でつないでいくので、一つの山のために何日も山の中に入り続けなければならない。

机上の計画では、何のトラブルもなく、天候にも恵まれて、スケジュールがまったくずれなければ125日で終えられます。ただ、中盤には14泊15日、その後半にも2週間を超える長期縦走があります。その中盤の区間は、ほぼ全日程テント泊になる予定です。
――14泊15日、ほぼテント泊ですか。
そうですね。約20日分の食料を持って行くことになります。地図上には避難小屋と書かれていた場所もあったんですけれど、調べたらもうなくなっていました。もう一軒山小屋があるという情報もあるんですが、日本でいう一般的な山小屋ではなくて、お寺の控室のような場所なんです。最近利用した方の写真を見ると、窓も扉もない。映画で見る廃屋のような感じですね。利用する人は、その建物の中にテントを張って寝るそうなんです。だから結局、テント泊になるんですよね(笑)。そこが今回の挑戦の中でも大きな難所になると思います。
水を汲むために往復4時間
――日本の山と比べても、かなり大変そうですね。
難しいと思いますね。台湾百岳はほとんどが3000メートルを超えていますし、百岳に入っていない3000メートルを超える山もたくさんあります。そうした山々もいくつも越えていかなければならない。道が脆かったり、日本だったら通行止めになっているようなところがルート上にあったりします。
しかも台湾では、日本の北アルプスのように山小屋で食事をしたり、水を補給したりということがほとんどできません。日本だったら、例えば北アルプスを長く縦走する場合でも、山小屋を利用すれば食事をいただけますし、行動食や水を途中で補給することもできます。台湾の場合は、それがほとんどないんです。
――水を10キロ持つ可能性がある、という話を拝見して驚きました。
10キロだったら、まだいい方かもしれないですね。
――もっと持つ可能性がある?
あるかもしれないですね。それも蓋を開けてみなければ分からないです。11月からは台湾も乾季になるので、山小屋に雨水をためるタンクがあっても空になっていることがあります。昨年12月に雪山へ視察に行ったときは、途中の山小屋のタンクが空っぽでした。その小屋を利用していた登山者に聞いたら、水を取りに行くために往復4時間かけたと言っていました。もう、一度下りた方が早いんじゃないかみたいな(笑)。相当大変だったそうです。
台湾では食料選びにも制約がある
――長期縦走中の食事はどんなものを食べるんですか。
台湾は食料の持ち込みに関する検疫がかなり厳しいんです。肉製品に関しては持ち込めないと認識しています。加工食品でも、例えばカップ麺に豚肉エキスが使われているものは持ち込めないと認識しています。日本で縦走する時によく使っていた、フリーズドライの丼ものなども、肉製品が使われているものは持っていけません。
山ではかなりカロリーを消費しますが、高カロリーのものを比較的取りにくい感じになりますね。魚介系のものは持ち込めるので、3月に台湾を縦走したときは、パウチされた煮魚や焼き魚なんかを携帯しました。少しでも食事に変化をつけたいところです。
一つでも楽しいことがあれば
――大変な挑戦になるかと思いますが、今回楽しみにしていることはありますか。
台湾百岳の話になると、口をひらくとどうしても大変なことばかり出てくるんですよ。食事もそうですし、山の環境、山一つ一つの標高、入山のパーミッション、言葉の壁もあります。取材を受けると、よく「じゃあ何が楽しみなんですか?」と聞かれるんです。でも正直、僕も分からないんですよね。大変なことがほとんどで、その中で一つでも楽しいことがあればいいな、という感じです。
――それでもやるのは、なぜなんでしょう。
率直に言えば、誰もやったことがないからです。これまでも、そういったことを何度かやってきました。それと、台湾の山と日本との間にはつながりがあるんです。台湾百岳が生まれた背景にも日本百名山とのつながりがありますし、台湾の山岳協会にも日本との歴史的なつながりがあります。
僕は台湾の山のことは最初はあまり知りませんでした。調べていくと、小さな島に3000メートルを超える山が200以上ある。「これはどんな世界なんだろう」と、興味や好奇心がどんどん膨らんでいきました。そして、実際に行ってみると、日本ではそうそう見られない世界が広がっていました。

「山と道、人と文化をつなぎ直す」
――公式サイトには「山と道、人と文化をつなぎ直す」という言葉があります。特に「文化をつなぎ直す」という部分が気になったんですが、田中さんの中ではどういう意味なんでしょう。
台湾には、日本統治時代に使われていた道が今も残っているんです。当時は山岳民族を監視するための道だったり、軍用の道だったりして、使う目的は今とは全然違うんですけれど、そういった道が整備、維持されて、台湾では「古道」という形で残っています。あと、台湾の山には、日本統治時代に地図を作るために設置された三角点も残っています。日本からわざわざ石を運んできて、山へ上げたそうなんですね。それが今も台湾の山の上にちゃんと残されているんです。三角点のそばに案内板があって、「何年に日本軍が設置したものです」というように、歴史背景まで紹介されているところもあります。それがすごく感動的でした。
日本人が100年以上前につくったものが今もしっかりと残っている。台湾の山岳文化に関しては、日本統治時代に日本人が築いたものを、今も台湾の人たちが修繕、補修しながら維持している部分がある。それは日本人としてうれしかったですし、自分自身は直接関わっていないんですけれど、何だか誇らしかったですね。山に入って歩くことによって、日本の先人たちが台湾で築いてきたもの、歴史だったり文化だったり、そういうものが今も残っているということを、再発見できたらいいなと思っています。
台湾百岳に向けたトレーニング
――台湾百岳に向けて、何か特別なトレーニングをしていますか。
今やっているのは、重い荷物を背負って歩く、登るということですね。低酸素室に入った方がいいかなとも考えたんです。ただ、一度低酸素の環境に順応しても、その後低地に戻って普通の環境で過ごすと、その恩恵は早くなくなってしまうらしいんですね。直前に3000メートルの山へ登るのであれば多少違うかもしれませんけれど、今回は現地で実際に高度を上げながら順応していくことになると思います。
――身体のケアはどうですか?
やっています。重い荷物を背負うと身体の疲労がすごいので、定期的にケアを入れています。鍼灸に行ったりして、やってもらう感じですね。
40代になって感じる「身体の変化」
――ご自身の著書『それでも僕は歩き続ける』の中で前後開脚している写真がありますよね。あれはヨガのポーズではハヌマーンアーサナというんです。それと、雪山で手を使わず頭だけで立っているヘッドスタンドの写真も拝見しました。あれってニラーランバシールシャーサナというポーズだと思うのですが、ヨガはやってるんですか?
ヨガはやってないです。あれって名前があるんですね(笑)。あの頃は、今以上に身体のケアをしっかりしていましたので、開脚とか、身体の柔らかさはだいぶ維持していました。でも今は、もう恐ろしいほど硬くなってしまって、ああいったことはやれていないですね。特に、骨盤まわりがだいぶ硬くなってきています。怪我をするほどではまだないんですけれど、ランニングや登山をしていても、以前ほど身体が思い通りに動かなくなってきている感じがあります。あとは疲労もたまりやすいですね。

狭くなった可動域の中で、以前と同じようなパフォーマンスを出そうとしてしまうので、やっぱり身体には無理がかかるなというのは正直感じています。
――単純に、身体が柔らかければ良いということではないとも思うんですが、柔軟性があることは山で大事だと思いますか。
そうですね。例えば、身体が90度しか開かないところを無理に180度開こうとすれば、当然いろいろなところに痛みが出ますよね。あと、着地点が見えていて自分の感覚やイメージでは、そこに足を下ろせると思っていても、実際には足が届かない、ということがあります。「あそこに足を上げよう」「あそこに手をかけよう」と思っても届かないんですね。そういったことは問題になると思います。
ただ、僕自身は、身体の柔軟性と実際の可動域はまた別の問題だと思っています。柔軟性がそれほどなくても、身体がちゃんと開いたり閉じたり、回旋したり、必要な動きが取れていればいい。昔は僕も、柔軟性と可動域を一緒に考えていたところがありましたが、今は別のものだと考えています。20代の頃は初動負荷トレーニングもやっていましたし、ヨガだったりストレッチだったり、身体を使う方法についても、いろいろな人に話を伺う中で知識をいただいてきました。その中で、何より大事なのは可動域なのかなと思っています。
年齢を重ねるほど「鍛える時間」だけでは足りなくなる
本来動くはずのところが、周りの筋肉や腱、靱帯などが少しずつ衰えたり、固くなったりすることで、動きにくくなっていく。それを維持していくのは難しいことだと思います。でも、年齢を重ねても、なるべくその動きを維持していくことが大事なんだろうなと、40代になってすごく感じています。
30代の頃だったら、少しトレーニングをしたり、少し柔軟をしたりすれば、比較的すぐに戻ったんです。でも今は、半年とか1年くらいかけてきちんとやらないと、以前の状態にはなかなか戻らない。しかも、以前と同じパフォーマンスを取り戻そうとして無理をしたことが、結果的に怪我につながってしまうこともある。そうすると、その後は怪我を治すための時間に取られてしまいますよね。これは40代、50代になって、中高年になっていく中で付き合っていかなければいけないことなんだと思います。
僕より上の世代のアスリートを見ていても、年齢を重ねるほど、トレーニングの時間よりもケアに使う時間が増えていくんです。30代の頃は、トレーニングが8割で、ケアが1割、2割だった。それが40代になると、トレーニングとケアが五分五分になってくる。50代になれば、さらにケアの割合が増えていく。いかに怪我をしない身体をつくるか。いかに疲労をためないようにケアするか。先を行く人たちの姿を見ていると、そこに重きを置いているのをすごく感じますね。
「登りたい」と「登れる」は同じではない
――私自身もそれを感じていて今回の書籍『ヨクキク山ヨガ』を制作しました。主に40~60代の山に親しむ人たちへ向けた、体づくりとケアのための本なのですが、山を長く続けて行くために、皆さまへメッセージをお願いできますか?
僕が登山者の方だったり、山に興味を持っている方たちに話す時、最後によく伝えていることがあります。「登りたい」という主観と、「登れる」という客観を、常に並行して考えるということです。「登りたい」という自分の気持ちがあるから、皆さん登山の準備をして、トレーニングをして、登山口に立って山頂を目指すと思うんです。でも、それと「登れる」ということを同じものとして捉えてしまうと危ういんですよね。
自分は本当に登れる体力があるのか。登れる技術があるのか。登れる装備を持っているのか。そして、登山をするために必要な条件がそろっているのか。自分自身を客観的に見て、登れるかどうかに疑いをかける。それがとても大事だと思っています。
これは登山だけではなくて、何か物事に取り組む時にも必要なことだと思うんです。何かをやろう、挑戦しようという情熱が原動力になって前へ進む。でも、それを進めていくためには、客観的な視点も必要だと思います。特に山の場合は相手が自然ですから、自分の思い通りにならないことが、ほぼ100パーセントだと思った方がいい。
「この週末しか登れないから」「そのために準備してきたから」そういう条件が加わると、自分の主観を優先してしまいがちです。でも自然は、街中とは違ってコントロールできないことがたくさんあります。だからこそ、「客観的に自分自身を見つめられているかどうか」が、とても大事だと思っています。

娘に「誇らしい」と思ってもらえる父親でいたい
――ありがとうございます。話は変わりますが、田中さんが「娘に尊敬してもらえる父親でありたい」と話している記事を拝見しました。田中さんにとって、娘さんから尊敬される父親って、どんな父親なんでしょうか。
今、娘はまだ4歳なのでそこまで深くは考えてないですが、ただ、自分がすごく恵まれているなと思うのは、自分がチャレンジしていることを映像や記録として残せていることです。娘がまだしっかり覚えていない幼い時に、父親がこんなことをしていた、こんな挑戦をしていたというものが残る。娘が10歳、20歳、30歳、40歳と人生を送っていく中で、「自分の父親はこんなことをしていた人なんだ」と映像で見ることができる。それは正直、すごく幸せなことだと思っています。
ただ、娘が僕をどう思うかは自由です。あまり押しつけたくはない。でも父親として思うところは、「自分の父親は誇らしい」と思ってもらえるように、自分自身が頑張る、という感じですかね。それと、今は4歳の子どもを通して、自分自身も人間として成長させてもらっているところがあります。
――もし将来、娘さんが田中さんの映像を見て、「私もお父さんみたいな挑戦をしたい」と言い出したらどうします?
いいんじゃないですかね。僕自身もそうしてもらって今がありますので、自分もそういう父親であれたらいいなと思います。子どもが一番大変な時に、一番力になれる存在が親だと思いますし、それが親の特権だと思うんですよね。子どもが前へ進もうと思っている時に、一番応援できる存在でありたいと思っています。
――娘さんが「私もアドベンチャーレーサーになる」と言ったら、そこは「頑張れ」と。
そうですね。僕自身もそうしてもらって今がありますので、そうしたいと思っています。母親がどう思うかは分からないですけどね(笑)。父親の立場と母親の立場にはずいぶんギャップがありますので、それはあっていいと思いますし、それが親だと思います。

「家族が笑顔でいられる時間が長いほど、人生は豊か」
――最後に、田中さんにとって「豊かな暮らし」「豊かな人生」ってどんなものでしょう。
どこに価値基準を持ってくるかだと思うんです。田舎に行けば行くほど、一般的に言われる「不便」という世界が広がっていますよね。車で移動しなければいけないとか、インフラが整っていないとか、すぐに何かができる場所ではないとか。僕自身、小さい頃から富良野市の小さな農村で暮らしていました。父親がそういう不便な世界に先陣切って飛び込んで、家族も道連れだったわけですけれど、その生活が今の自分の基盤になっています。そして、そこで、すごく幸せな時間を過ごすことができました。
家族が笑顔でいられる時間が長ければ長いほど、その人生は豊かになるんじゃないかなと思います。お金がたくさんあるとか、豪邸に住むとか、そういうものも一つの豊かさの象徴ではあるかもしれません。でも、自分自身も家族も「幸せだな」「ここに住んでいて心地いいな」と思える環境でなければ、豊かさは生まれないんじゃないかなと思います。
――素晴らしいお言葉、ありがとうございます。
僕自身もまだ実践中ですけど(笑)。
――無事に帰ってきてください。
ありがとうございます。

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私は台湾の山について、「ニイタカヤマノボレ」で知られる玉山がある、というくらいしか知りませんでした。今回のインタビューに際して台湾百岳について調べてみると、やはり簡単な山々ではなさそうです。
3000mを超える高峰が数多く連なり、田中さんが話してくれたように、玉山や雪山などの人気ルートを離れると、小屋や道標などの整備が十分ではない山域もあります。道しるべもなく、ルートファインディング能力が求められる場所を、重い荷物を背負いながら4か月以上にわたって歩き続ける。その挑戦が並大抵のものではないことは、想像に難くありません。
田中さんの新たなチャレンジ「台湾百岳ひと筆書き」の成功を、心よりお祈りしています。この挑戦の本当の終着点は、最後の一座の山頂ではないのかもしれません。台湾の山々を歩き、人と出会い、文化に触れ、まだ知らない世界を見たその先で、家族のもとへ元気に帰ること。そこまでが、今回の旅なのだと思います。貴重なお話を聞かせていただき、本当にありがとうございました。
話してくれた人 田中陽希(たなか・ようき)
プロアドベンチャーレーサー。クロスカントリースキー選手として活動した後、プロアドベンチャーレースチーム「Team EAST WIND」に18年間所属。2014年に交通機関を使わず日本百名山をつなぐ「日本百名山ひと筆書き」を達成。続いて日本二百名山、三百名山ひと筆書きにも挑戦し、人力のみで日本列島の山々をつないできた。2026年11月から「台湾百岳ひと筆書き」に挑戦する。
話を聞いた人 鳥井ナオキ(とりい・なおき)
日本アルプスを望む信州で、心と体によりそう本を作る出版レーベル「ALPS BOOKS」代表。松本市で日本アルプスヨガセンターを主宰し、ヨガの普及に努める。アシュタンガヨガ正式指導者。訳書にアシュタンガヨガの教本『AṢṬĀṄGA YOGA ANUṢṬHĀNA』、同流派最高指導者R. Sharath Jois氏による自伝的健康マニュアル『AGELESS』(共にR. Sharath Jois著)がある。

ALPS BOOKS第一弾書籍『ヨクキク山ヨガ』は、山に親しむ人がこれからも末永く山を楽しむために、体と呼吸を整える一冊です。
山へ向けた日々の準備の一環に
山から帰ったあとのケアに
次の山へ向かう力を育むのは
無理なく続けられる小さな習慣の積み重ね
そんなテーマを掲げています。


