2026/09/30 09:32

ALPS BOOKSインタビュー企画「十山十色~人それぞれの山もよう~」。ここでは山に親しむ人の心身のコンディショニングをテーマにした書籍『ヨクキク山ヨガ』の出版に先立ち、山に深く関わる皆様のお話をご紹介しています。今回お話を伺ったのは、日本人女性初の8000m峰全14座登頂者である登山家の渡邊直子さんです。話の中心となるのは、2026年7月に登頂したナンガパルバットのお話。
渡邊さんは、参加者二人とともにナンガパルバットに登頂しました。その二人は、ロッククライミングなどの専門的な登攀経験があまりない、いわゆる「山のベテラン」とは違う人たちだったそうです。なぜ、その二人が8000メートル峰に登ることができたのか。そこには、渡邊さんならではのヒマラヤとの関わり方がありました。

8000メートル峰は、情報戦

――ナンガパルバット登頂、おめでとうございます。インスタでも拝見していましたが、実際にはどんな感じだったのでしょうか。

経験の浅い人を連れて行くので、時間をかけて高度順応とかトレーニングをして、技術とかも教えたかったんです。でも、一人の参加者さんが会社の都合で遅く出発しなければいけなくて、結構短いスパンで登らなきゃいけなくなったというのはありました。

――それは大変そうですね。

ただ、他の隊がもっと早く入っていると思っていたら、意外と私たちと同じくらいの時期に入っていたんです。その隊のシェルパたちはみんな私が知っているシェルパだったんで、情報を共有できたのは良かったです。私のシェルパがその隊のシェルパたちと同じ村出身で一緒に仕事をしてきた仲なので、コミュニケーションを取る中で情報を得たりしてくれて。

――シェルパとのつながりが鍵なんですね。

そうです。もう情報戦ですね。誰がフィックスロープを張るのかっていうのが、めちゃめちゃ重要なんです。他の隊がルート工作する場合、その人が弱いシェルパだったら、自分たちのシェルパがルート開拓できないといけないですし。他の隊におんぶに抱っこだと、その隊が潰れたら私たちも登頂できないじゃないですか。だから、自分たちに登頂の鍵を握るシェルパが付いていることが大事なんです。

自分たちに強いシェルパが付いていると、他の隊も一目置くんですよ。情報をくれたり、一緒に協力してやろうと言ってくれたりする。でも、自分たちのシェルパが弱いと、情報を教えてくれなかったり、協力してくれなかったりすることもあります。あとは、私が14座登頂を経て、日本で注目されるようになったこともあり、現地での扱いも変わってきた感じはあります。

――その強いシェルパを引っ張ってこられる関係性があるということですね。

そうですね。8000メートル峰の登頂の鍵を握るトップクラスのシェルパたちと、ずっと遠征をやってきたので。

自分が登頂したことより、二人が登れたこと

――今回一緒に登頂されたお二人は、どんな方だったんですか。

男性は、2024年に7000m峰へ行く企画の投稿を出した時に連絡してきてくれた人です。将来8000メートル峰に登ってみたいという目標があった人でした。どうせ将来8000メートル峰に登るなら、マナスルに一緒に行きませんか、と言ったら、行くと言ってくれて。一緒に行って登頂しました。6000m峰などの高所登山も経験がなく、ロープワークも初めてでしたが、登頂できたんです。

――そこから、今回また一緒に行くことになったんですね。

シェルパたちからすごくかわいがられて、登頂することよりも充実した生活が楽しかったみたいで。「次またどこか行きたいです。直子さんが行きたいところでいいです」と言ってくれました。その人はすごくセンスもあるし、遠征を楽しめる性格の人なので、難しい山でも登頂できるんじゃないかと思いました。せっかくだから、その人と行くなら難しい山にしようと思って、ナンガパルバットを選んだんです。

――そうだったんですね。女性の参加者の方はどういう方だったんですか。

以前、エベレストベースキャンプのトレッキングに申し込んできてくれた人です。二週間くらい休みで来るなら、その期間で6000メートル峰も登れるから、どうせなら一緒に登りませんかと誘いました。そうしたら登ってみたいと返事が来ました。アイゼンもつけたことがない人でしたが、登頂できたんです。

――そこから8000メートル峰へ。

体力がすごくあるわけではないし、高山病にも弱い。でも、すごく向いていると思いました。食欲がなくても食べられるし、自分のコントロールがすごく上手。みんなと同じことをしなきゃ、ではなくて、自分なりの対策を考えられる人なんです。

技術や体力がないとかは、私にとっては8000メートル峰でも関係ないんです。自分も技術とかがないまま登頂してきたから。そこじゃないのはわかっていました。

――では、何が大事なんですか。

私のアドバイスを素直に受け止めることができる人。私が「登頂できる」と言ったから、「じゃあ登頂できるんだろうな」と思って、ちゃんと信じてくれて、私が言ったことを、固定概念にとらわれず受け止めて実行できる人。それがすごく大事です。自分の判断で勝手に動いてしまう人の方がリスクがあると思います。あと、自分から報告をちゃんとしてくれるのも大事です。

きつい経験も、楽しい記憶に

――そのお二人は、今回の登頂で変わったと思いますか。

まだちゃんとは聞いていないんですけど、「どうでした?」と聞いたら、「楽しかった」と言っていました。今後の人生においては絶対大事な経験をしたと思います。これからつらいことがあっても、「あれだけきつかったから、これはやれるだろう」と考えられるようになったのではないかと。

頂上アタックの日は、あまり仮眠もできない状態で出発して登頂しているので、きつかったと思いますよ。あと、暑かったんです。晴れの日で暑いと、体力を消耗して全然歩けないんです。雪崩もありましたし。結局シャワーみたいな雪崩だったからよかったけど、目の前に雪崩が来た時は、「もう終わった」と思いました。

だんだん雪がなくなってきているというのもあって、落石も結構多くて。私と男性の目の前を大きな石が通っていったことがありました。当たっていたら死んでいたと思うんですが、そんなことがあっても、二人とも「楽しかった」と言ってくれています。楽しい思い出のほうが多いと、そういう経験も笑い話になるんですよね。きっと。

シェルパたちと、家族みたいになる

――ナンガパルバットのベースキャンプまでのトレッキングでは10人が参加して、最後に皆さんが泣いてしまったとのことですが、何があったんですか。

最後にシェルパが、「短い間だったけど家族みたいになったから、これから離れるのが心配だ」と言ったんです。それを伝えて私が泣き始めたら、参加者さんたちも泣いていました。シェルパが、歩けなくなった参加者をおんぶしてくれたり、荷物を持ってくれたり、手を引いて一緒に行ってくれたり。シェルパたちの温かさが嬉しかった人がいっぱいいると思います。

歩くのも時間がかかって、高山病にもなったある参加者は、もう次は参加しないだろうなと思っていましたが、ナンガパルバット遠征報告会で「次もまた参加します」と言ってくれたので、驚きました。以前、その参加者に「高尾山と同じです」と話したことがあったらしく。私は覚えていないんですけど。実際は「全然高尾山と違う」と大変そうにしていたんですけど、楽しさがきつかったことを上回ったんだと思います。

――どのあたりが特に楽しかったんでしょうか。

シェルパたちに手厚いサポートを受けて嬉しかったのはあると思います。シェルパたちの優しさとかおもしろさを知れて。パキスタンでトレッキングするのに通常はパキスタンガイドが同行しますが、ネパール人の8000m峰専属シェルパたちと一緒にトレッキングする機会はなかなかないので、企画したんです。あとは、二日間ずっと高山病でも、三日目に克服して元気になったり。そういうつらい経験もたぶんすごく大事なんですよね。

私にとってヒマラヤは、休憩の場所

――渡邊さんにとって、ヒマラヤはどういう場所なんですか。

皆さんが居酒屋で一杯やったり、休日がないと精神を維持できないのと同じで、私は8000メートル峰に行かないとメンタルを保てなかったんです。休憩のつもりで行っていました。

――休憩なんですね。

楽しみと、休憩と、学び。あと、シェルパたちがヒマラヤにいるじゃないですか。日本だと一人になりたいとか、気を遣って疲れるとか、自分のことが嫌いになったりするけど、ヒマラヤに行くと、自分の好きな自分が出てくるんです。シェルパたちがそれを引き出してくれる。しゃべっていても疲れない。だから、自分を好きになりに行きたい、素直に戻りたい、そういう意味でヒマラヤに通っていました。

――14座全登頂を目指していたわけではなかったんですね。

14座を目的に行っていたわけではないです。登頂できたらラッキーくらいの感じで行っていました。14座が終わった今も、毎年8000メートル峰に行っているのは、もう私の生活の一部になってしまっているから。私の長所は続けることなんです。行き続ければ、成功することも増えていくと思うから。それでたまたま14座を達成しただけだと私は思っています。

ヒマラヤを、おすそ分けする

――これからも、もっといろいろな人にヒマラヤの良さを伝えていくんですか。

たぶんそうします。でも、それを主にはあまりしたくなくて。看護師の仕事は続けていきたいし、ネパールに住んで、ネパールで登山とは関係ないビジネスもやってみたいです。ヒマラヤでの企画は、「来たかったら来てください」みたいな感じで、自分の趣味の程度でやっていければと思っています。

看護師はライセンスだけでは仕事できないんですよね。派遣だと特に即戦力が求められるから、ブランクがあると行きづらくなるので、ずっと続けておきたいです。それを続けながら、ネパールにまだないこと、私にしかできないことをやりたいです。医療に絡めたこととか、シェルパの雇用を生む何かとか。登山と関係ないこともやりたいですね。

あとは、仕事を休めなくて、なかなかヒマラヤに行けない人もいると思うんです。だからシェルパたちを日本に呼んで、日本での登山イベントをやるとか、ヒマラヤでやっていることを日本で体験してもらえるようなことができたらいいなと思います。シェルパの想いや考え方、おもしろさを伝えること、シェルパと皆さんを繋いでいくことは、私にしかできないことかもしれないと思っています。

おすそ分けですね。私がこれまでに体験してきたことを、皆さんにおすそ分けできれば嬉しいです。
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渡邊さんは、自分がヒマラヤで楽しみ、学び、救われてきたものを、他の誰かに伝え続けています。「おすそ分け」という言葉には、登頂実績だけでは語れない、渡邊さんのヒマラヤとの距離感が感じられました。

渡邊さんの著作『エベレストは居酒屋です』では、そんな渡邊さんの来歴やヒマラヤでの数々のエピソード、そして、シェルパ一人一人の濃厚なプロフィール紹介などが綴られています。渡邊さんのヒマラヤとの向き合い方をより深く知ることができる一冊です。渡邊さんをもっと知りたいという方は、ぜひ手に取ってみてください。

十山十色、次回ゲストはプロアドベンチャーレーサーの田中陽希さんです。お楽しみに!

※記事中の写真は渡邊さん提供。1枚目は2023年、2枚目は2024年、ともにK2ベースキャンプにて。

話してくれた人 渡邊直子(わたなべ・なおこ)

登山家、看護師。2024年に日本人女性としては初となる8000m峰全14座登頂を果たす。その後もヒマラヤへ通い続け、自身の経験をもとにヒマラヤの魅力を発信している。近年は、ヒマラヤトレッキングや8000メートル峰への挑戦を通じて、参加者がシェルパたちと関わりながらヒマラヤを体験する機会もつくっている。2026年、自身の体験を綴ったエッセイ集『エベレストは居酒屋です』を講談社より出版。

話を聞いた人 鳥井ナオキ(とりい・なおき)
日本アルプスを望む信州で、心と体によりそう本を作る出版レーベル「ALPS BOOKS」代表。松本市で日本アルプスヨガセンターを主宰し、ヨガの普及に努める。アシュタンガヨガ正式指導者。ヨガの実践・指導を10年以上続けている。訳書にアシュタンガヨガの教本『AṢṬĀṄGA YOGA ANUṢṬHĀNA』、同流派最高指導者R. Sharath Jois氏による自伝的健康マニュアル『AGELESS』(共にR. Sharath Jois著)がある。

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